あたたかな秋田になりましたね。

昨晩は怒りを叩きつけるように雨が降っていましたが、今朝は穏やかな晴れ模様です。土の香りを含むゆるい風を受けていると、雪に囲まれていた冬の生活が嘘のようです。6月に入り、4月末から始まった展覧会「例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)」も折り返し地点を迎えます。ここでは、展覧会の裏話や私の個人的な視点などを、食べ物と一緒に(!)ゆるく記していければと思います。 

 

 

 

「08COFFEEとシナモンケーキ」

 

 展覧会「例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)」の会場であるビヨンポイントのすぐ近く、秋田県立図書館の裏手には「08COFFEE」がある。図書館の帰り、一緒に展示をする岩瀬さんと初めて訪れた。その日は2月の頭で風が強く、マスクで曇るメガネに雪がついたのを覚えている。道にはひっそりとした看板があり、狭い階段を登ると店内もしっとり落ち着いていて、静かにコーヒーを味わう空間が用意されていた。そんな店内の雰囲気とは裏腹に、私の頭は焦りで煮詰まっていた。

 

 2月になっても4月の展示内容どころか、展示テーマも決まらなかった。決まらなかった、というよりも「これに決める」と宣言することを躊躇していたように今なら感じられる。注文したコーヒーとシナモンケーキの香りに包まれて、私は自分の肩がこっていることに気づく。肩を時々回しながら長い時間話し合った。私達はどんな展覧会を作りたいか話す時、最終的にはトランスの人々が直面している問題について話していた。特に、フェミニズムを名乗る人々によるトランス差別について。

(以下はハンドアウトの文章抜粋。もっと詳しく知りたい方はリンク先の記事も見てね)

 

  2020年、お茶の水女子大学は日本で初めてトランスジェンダーの女性(戸籍やパスポートでは男性と記載されているが女性として生きる人)の入学を開始しました。全ての学生が安心して学ぶためのガイドラインや相談窓口が新たに作られ、複数の大学がこの変革に続きシステムを見直し始めています。このニュースは、全ての女性が平等に教育を受けられるよう願ってきた人々の歓喜の声と共に、不安や反感の声を表面化するきっかけにもなりました。特にインターネット上では、トイレなど公共空間の使い方についての疑問に加え、心無い発言が多く見られるようになります。悲しいことに、その中には女性の安全を願い活動し傷ついてきた人々による声も含まれています。公共空間から誰を追い出すのかという問題ではなく、誰かにとって不便な公共空間のシステムそのものの問題について話し合う必要があるのではないでしょうか。 

 

https://wan.or.jp/article/show/8254#gsc.tab=0

「トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明」

https://wan.or.jp/article/show/9075#gsc.tab=0

石上卯乃「トランスジェンダーを排除しているわけではない」(このエッセイへの反論が同ページ下のリンクにまとめられているので合わせて読んでもらいたい)

 

 

 政治家の心無い発言や、スポーツマンシップの無いオリンピック、実現しない「LGBTQ差別解消法」。フェミニズムを学び始めるきっかけは溢れすぎるほどで、ひとつ気になりだすと芋ずる式に情報が目につくようになった。特にツイッターではトランスの人々に対するデマや暴言が本当に多く、私達はそれらを傷つくとわかっていながら見に行き、毎回覚悟していた以上に何かを失ってぐったりしていた。それでも湧いてくる怒りで、お洒落な店内で声を大きくしてしまう。(ごめんなさい08さん)

 「やっぱりこの問題が気になるし避けられない」「大きな概念の話じゃなくて、ちゃんと現実に根ざしたことがしたい」「でも正直ヘイトを見るのもしんどい」「問題との距離感がむずかしい」「綺麗事で終わりそうでいやだ」「展覧会で何ができるのかわからない」ポロポロと話しているうちに、私達は例え話をしていた。 

 

 例えば(月に建てる新しい建築をデザインするとして、きっと大きな理想を掲げてバリアフリーとかちゃんとした建築を考えると思う。重力の話はまぁ置いといて。でも私達のしたいことって、いつ実現するかわからない月の建築の話じゃなくて、今足元にある段差をどうするかだよね。今、月はどうでもいい。)

 

 コーヒーを飲みながら例え話をして、私達は少し落ち着いた。そして展覧会のテーマに、フェミニズムを名乗る人々によるトランス差別の構造を据えることを決めた。これまでも櫻井さん、岩瀬さんと3人で同じような話をぐるぐると何ヶ月も繰り返していたのだけど、私はこの時に決心できた気がする。問題を問題として捉えて、ちゃんと言葉にする。なんという正攻法。ひねりもない。だけど、いつもと違う場所で例え話をすることで、心地よい距離が取れたおかげか、客観的にやはり大切だと思えた。普段は選ばない、シナモンたっぷりのスパイシーなケーキを食べたのも良かったのかもしれない。

 

 私は店内に横たわる段差を見る。車椅子で登る想像をしながら、この段差の木目は美しいなと思った。私達は目の前の段差に、どんなアプローチができるんだろうか。両手を上に大きく伸びをして、店を出た。

 

2022.06.05  中島